「アナザー・デイ・オブ・サン」 ロサンゼルスの渋滞だけに言えること

 ロサンゼルスの高速道路は渋滞で有名です。ふつうは見ていて嫌になる光景です。ところが、そこに輝きを見るひともいます。映画監督デイミアン・チャゼルです。

 ロサンゼルスはラ・ラ・ランド、つまり夢見るひとたちの土地です。チャゼルによれば、車社会だからこそ、ロサンゼルスは彼ら/彼女たちの「安息所(haven)」にもなります。

 とりわけ渋滞のとき、夢追いびとたちは車のなかで、思い思いにときをすごします。ミュージシャン志望であれば、音楽を聴いてもいいでしょう。俳優志望であれば、セリフの練習をしてもいいでしょう。自分の好きなやり方で夢に思いをはせればいいのです。

 渋滞に巻き込まれたひとたちについて、チャゼルはつぎのように語っています。

ひとりひとりが自分の夢をもっている。自分の歌を生きている。自分のミュージカルの世界を生きている。ひとりひとりの内面に、ミュージカル映画がある。意識していようといまいと。

なんと魅力的な渋滞のとらえ方でしょうか。

 言いかえれば、渋滞する高速道路には、車がならんでいるのではないのです。無数の夢が、あるいは無数のミュージカル映画がならんでいるのです。もちろんこれはロサンゼルスの渋滞だけに言えることです。東京や大阪の渋滞ではちょっと無理があります。

 ともあれ、こうした発想から生まれたのが『ラ・ラ・ランド』のオープニングを飾る「アナザー・デイ・オブ・サン」の場面です。

 停止した車で満たされたロサンゼルスの高速道路。クラクションの音やエンジンの排気音が聞こえます。夢追いびとたちは車のなかで、それぞれの好きな音楽に耳をかたむけています。その雑多な音響の背後からやがてひとつの曲がせり出していきます。「アナザー・デイ・オブ・サン」です。

 高速道路の上で、ミュージカルというジャンルの魅力があますことなく発揮されます。ひとり、またひとりと車を降りて、カラフルで至福に満ちたダンス・シーンを織り上げるのです。それぞれ異なる夢をもつ者たちが、夢を抱くという共通点のもとに群舞し、ひとつの大きな夢を作り上げる。そのように述べてもいいかもしれません。

 さきほどの引用でチャゼルが述べるように、車に乗ったひとりひとりの内面に、ミュージカル映画があるのだとすれば、このように言うこともできます。シネマスコープの横長の画面に、多数の車を映し出すこの場面は、無数のミュージカル映画を引用する『ラ・ラ・ランド』のオープニングに、じつにふさわしいものであると。

 ここで歌詞の一部を引きましょう。

今 私は頂を目指す
輝く光を追い求めて
打ちひしがれても
立ち上がり 前を向く
また朝が来れば 新しい日だから

 この場面の撮影はそれこそ不可能な夢に近いものでした。これだけ大掛かりなダンス・シーンを長廻しで撮影するだけでも驚異的なのですが、それをセットではなく実際のロサンゼルスの高速道路の上でおこなっているのです。

 市から高速道路の封鎖を許可されたのは3日間。初日がリハーサルに、残る2日が撮影に使われました。想定外だったのは天気です。撮影2日目は朝からこのシーズンには珍しい曇天でした。曲のタイトルに「太陽(sun)」がある以上、太陽なしで撮るわけにはいきません。

 昼ごろになってようやく天気は回復。撮影が再開されることになりましたが、困ったのは気温です。撮影は2日間とも高温注意報が出るなかおこなわれました。車の上は燃えさかるオーヴンのように熱かったそうです。完成した映像を見ると、役者たちはじつに涼しい顔で踊っていますが、実際にはオーヴンの上で踊っていたのです。

 このようにして、ひとつの大きな夢が完成しました。

 少し話はそれますが、ばらばらだった個人が突如力をあわせ、なにかを成し遂げる(そしてまた離れ離れになる)というのはじつにアメリカ的です。〈個人〉と〈集団〉のあいだの自由な往還。アメリカの国民的スポーツとされる野球の特徴のひとつも、ここにあります。ポジションは明確に分かれているものの、ひとたび打者がボールを打ち返すやいなや連携がはじまる。そして一連のプレーが終わると、またそれぞれのポジションにもどっていく。

 『ラ・ラ・ランド』のオープニングでも、ダンサーは踊り終えると、それぞれのポジションつまりそれぞれの車にもどっていきます。複雑な連携プレーを終えたあとの野手たちのように。

 そのとき描かれるのは、ふたたびいつもの渋滞の様子。ただし、このあと映画はそのなかの2台の車に焦点をあわせます。セブ(ライアン・ゴズリング)の乗る車とミア(エマ・ストーン)の乗る車です。このふたりがそれぞれ違う夢を抱きながら、夢を抱くという共通点において、恋人(あるいは戦友と称すべきかもしれません)となる。そしてーー。

    そんな物語がはじまるのは、これからです。

 

ラ・ラ・ランド(字幕版)
 
ラ・ラ・ランド(吹替版)
 

 チャゼルのインタビューや高速道路での撮影の裏話は、ブルーレイの特典ディスクに収録された「「アナザー・デイ・オブ・サン」 高速道路での撮影秘話」で確認できます。

 高速道路の場面のインスピレーション源としてしばしば言及されるのは、『ロシュフォールの恋人たち』(1967)のオープニングの運搬橋の場面です。

 チャゼル自身はブルーレイの音声解説で、画面サイズの拡大と白黒からカラーへの移行は『女はそれを我慢できない』(1956)から、街の雑音からミュージカル・ナンバーへの移行は『今晩は愛して頂戴ナ』(1932)から着想を得たと述べてます。前者の演出については『これがシネラマだ』(1952)にも同様の例があります。

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 ウェブで読める『ラ・ラ・ランド』関連の記事のリンクをいくつか貼っておきます。エンディングについてはいずれこのブログでも論じる予定です。

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