「タイトロープ」 過去といまはどこまで対照的なのか?

 「タイトロープ」の場面は「ア・ミリオン・ドリームズ」の場面と対になっています。そのことを意識したことがない方は、一度ふたつの場面を見比べた上で、以下の記事をお読みいただければと思います。

 リンドの公演旅行に随伴するために、バーナムは馬車で家を離れます。大切なひとが馬車で去ってしまう光景を、私たちは「ア・ミリオン・ドリームズ」の場面ですでに目にしています。子ども時代のチャリティが寄宿学校に入るために家を去る箇所です。そのときバーナムのもっていた布地が階段を転げ落ちたのをご記憶かと思いますが、「タイトロープ」の場面では布地のかわりにピンクの服を着た娘たちが階段を駆け下ります。

 「タイトロープ」の場面全体で効果的に使われている技法があります。クロスカッティングという技法です。これはAとBという異なる場所で起きている出来事を交互につなぐ技法です。

 具体的にどのように使われているのか見てみましょう。

 場面の序盤にバーナムの上の娘のバレエの発表会が描かれるところがあります。客席にいるチャリティと下の娘が盛大な拍手を送りますが、ふたりの隣の席は空いています。バーナムの席です。彼は娘の発表会を見逃したのです。と思いきや、この直後に満面の笑みで拍手を送るバーナムの映像が来ますから、観客は一瞬混乱します。バーナムは娘に拍手を送っているのでしょうか。

 そうではなく、これは別の空間の映像なのです。拍手するバーナムの映像のあとに、公演を終えたリンドの映像が来て、観客は拍手の対象が彼の娘ではなかったことを理解します。バーナムの家族が彼に求めていることをバーナムがほかの誰かに与えているのです。その皮肉さがクロスカッティングによって浮き彫りになります。

 クロスカッティングはこのあとさらに巧みに使用されます。そこで交互に描かれるのはアンたちのいる劇場とチャリティのいる家です。まず劇場のなかで空中ブランコを披露するアンが落下する映像があります。つぎに自宅にいるチャリティが皿を落とす映像が来ます。これに落下したアンを他の出演者が地上で受け止める映像がつづきます。

 興味深いことに、チャリティの落とした皿がどうなったのかを示す映像はありません。皿はまちがいなく割れたはずですが、その映像が欠落しているのです。なぜでしょうか。

 皿が象徴しているのは明らかにチャリティ自身です。「私が落ちたらあなたは受け止めてくれるの」。皿が彼女の手から落ちる瞬間に彼女が歌う歌詞です。疑問形であることに注意しましょう。「ア・ミリオン・ドリームズ」の場面でバーナムを信頼するがゆえにあれほど大胆に屋上から飛び出せた彼女が、ここでバーナムを疑っているのです。

 もっとも、くりかえしますが、皿が割れる映像はありません。それはもしかすると、チャリティが自分は落ちても壊れないと(つまりバーナムが助けてくれると)まだ信じようとしていることを物語っているのかもしれません。

 また、「ア・ミリオン・ドリームズ」の場面には少年時代のバーナムがロウソクの火を吹き消す箇所がありましたが、「タイトロープ」の場面でロウソクの火を吹き消すのはチャリティです。夜、娘たちが寝静まったあとのことです。

 その瞬間に映像が切り替わり、ロウソクの煙は走行する汽車の煙へとリレーされます。汽車に乗っているのは夫とリンドです。チャリティは夫のほうに息を吹いているのですが、その夫はチャリティがいるのとは逆の方向に彼女とは別の女性と走っていく、そのように見える冷酷な編集です。

 ふたたびリンドの舞台が映し出され、大喝采のなか、バーナムが彼女の手をとる様子がシルエットで示されます。このあとふたりの男女が踊る姿がやはりシルエットで描かれます。誰が踊っているのかすぐにはわかりませんが(映像の流れからするとバーナムとリンドであるようにも思えます)、場所はバーナムとチャリティの家であり、踊っている女性はチャリティです。

 しかしながら、彼女と一緒に踊っているのはバーナムではなく、幻影であることがほどなく明らかになります。風がカーテンをめくりあげると、その動きとともに男のシルエットが消えるのです。

 風が布をめくりあげるという点でも、この場面は「ア・ミリオン・ドリームズ」の場面と共通しています。

 とはいえ、風と布がはたす役割はあまりに対照的です。風と布は「ア・ミリオン・ドリームズ」の場面ではバーナムとチャリティのバックダンサーをつとめ、夢のような光景を屋上に現出させました。ところが「タイトロープ」の場面ではバーナムのシルエットを消し去り、チャリティを夢から現実へと引きもどすのです。

 現実にもどったチャリティは窓の外を眺めます。遠くにいるバーナムに思いをはせながら。私たちはこれとまったく同じ光景をやはり「ア・ミリオン・ドリームズ」の場面で目にしています。少女時代のチャリティもまた遠くにいるバーナムに思いをはせながら、窓の外を眺めました。

 そのときは夢のようなことが画面上で起きました。以前の記事で確認したように、チャリティの映像のあとにはバーナムの映像が来るのですが、このふたつの映像はワイプという技法で切り替えられます。そのため一瞬ではありますが、バーナムとチャリティが窓を隔てて向かいあっているように見えるのでした。物理的には遠いけれども心理的には近いふたりの関係がそのようにして描かれるのでした。

 「タイトロープ」の場面でも、窓の外を眺めるチャリティの映像は別の映像にワイプで切り替えられます。ところが、です。このつぎに来るのはバーナムの映像ではありません。観客の期待は、チャリティのバーナムへの思いとともに、もののみごとに裏切られます。チャリティの映像のあとに来るのは、列車の窓の外を眺めるリンドの映像なのです。

 さらに残酷な光景が私たち観客に提示されます。カメラがそのまま横に移動すると、バーナムが映し出されるのですが、彼はリンドの隣に座って眠りこけているのです。チャリティの気持ちなどお構いなしなのです。リンドもバーナムの肩に頭をのせて眠りに落ちます。

 「ア・ミリオン・ドリームズ」の場面ではバーナムが鉄道建設に携わったことが示唆されました。それはすでに論じたようにチャリティと再会し、彼女と結ばれるためだったはずですが、いま彼は鉄路の上でほかの女性と一緒に眠りについているのです。そんな彼の身にこれからどのようなことが起きるのでしょうか。