「レット・イット・ゴー」 氷の階段の上がり方(『アナと雪の女王2』公開記念)【動画つき】

 『アナと雪の女王2』の公開にあわせて、前作の名場面を振り返っています。今回はいよいよ「レット・イット・ゴー」の場面です。


松たか子ver(日本語吹替版)「Let It Go」

 


FROZEN | Let It Go Sing-along | Official Disney UK

 「レット・イット・ゴー」の場面は、映画史上、もっともよく見られている場面のひとつでしょう。

 2番目の動画はディズニーUKがアップしたものですが、再生回数は2019年11月時点でじつに18億回です。2018年7月に確認したときは15億回だったので、それから約1年でさらに3億回視聴された計算になります。YouTubeにはほかのヴァージョンもアップされています。当然、ネット配信やブルーレイ・DVDで鑑賞するひともいます。いまこの瞬間も世界中で多くのひとが「レット・イッゴ・ゴー」の場面を見ているのです。

 この名場面について、ふだんあまり語られることのない観点から論じてみます。

 エルサは「レット・イット・ゴー」を歌いながら、それまでに自分に禁じていた魔法の力を解き放ちます。途中、ぐっとくる瞬間がいくつもあります(たとえばエルサがティアラを投げ捨て、長い髪をほどくところ)。なかでもいちばん心を打つのは、やはりエルサが氷の階段を上がる瞬間ではないでしょうか。 

 なぜこの瞬間はひとの心を強く打つのでしょうか。ここではとことん映像にこだわって、その理由を考えてみることにしましょう。

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 雪山を歩くエルサの目のまえに、深い谷があります。その谷をエルサは魔法で氷の階段を作って、越えていきます。

 エルサが階段を上がっている、上にむかって動いている、それだけでも驚くべきことです。前回の記事で触れたように、それまで上下の動きはアナの専売特許でした。エルサはほとんど動かず、動くにしても前に少し進むだけでした。そのエルサがここでは上にむかって動きます。しかも、アナにはできないやり方で上昇してみせます。まずはこの劇的な変化に驚かされます。

 また、あるとき学生に言われてはっとしたことがあります。階段を上がるときのエルサの顔はアナの顔に似ているということです。たしかにそうです。それまでエルサは大人びた表情を見せていましたが、ここではアナのように明るく、そして無邪気な表情を見せます。エルサのなかに眠っていた(あるいは彼女が意図的に押し殺していた)無邪気さ、子どもらしさが目をさまします。

 子どもらしさということで言えば、階段を上がるときのエルサのポーズも興味深いものです。魔法を使いながら階段を上がるので、エルサは手をまっすぐ前に伸ばしたまま、進んでいきます。それまで自分に手の動きを禁じていたエルサが、その手を前に目一杯突き出して走ります。

 そのポーズは、歩きはじめたばかりの子どもを思わせるものです。ふりかえるなら、「生まれてはじめて」の場面には、アナが螺旋階段の手すりを滑り降りる箇所がありました。思わず、小学生の男子か!、とつっこみたくなりますが、氷の階段を上がるエルサは、それよりもさらに幼い子どものように見えます。まるでいちど生まれ変わったかのように、エルサは幼子にかえり無邪気さを爆発させます。オラフの走り方に似ているのも面白いですね。

 補足すると、子どもらしさを取り戻すというのは、ディズニーにとって大切なテーマです。よく言われることですが、ディズニーランドは子どものための場所ではありません。そこを訪れるすべてのひとが、自分のなかに眠る子どもらしさを呼び覚ます場所、それがディズニーランドです。それがディズニーの根本的な思想です。そう考えると、エルサが階段を上がる瞬間、子どもらしさを取り戻す瞬間は、ディズニーの思想を凝縮したものととらえることもできます。

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 もう少し別の観点から、エルサが階段を上がる瞬間について考えてみましょう。

 ここでひとつ質問です。エルサが階段を上がりはじめてから、上がり終えるまでに、何秒かかるでしょうか。

 答えは8秒です。

 ではその間にいくつの映像が使われているでしょうか。

 そう聞かれてもわかりにくいかもしれませんので、少し補足しましょう。ここではまずエルサを正面からとらえた映像があります。次にエルサを横からとらえた映像があります。これでふたつです。このように複数の映像が使われているのですが、合計でいくつでしょうか。

 答えは6つです(正面からの映像、横からの映像、後ろからの映像、真上からの映像、斜めからの映像、ふたたび正面からの映像)。

 8秒間に6つの映像があるわけですから、ひとつひとつの映像はとても短いです。1秒くらいでどんどん映像が切り替わります。

 このようにエルサが階段をあがる瞬間は、短い映像で作られています。面白いのは、「レット・イット・ゴー」の場面は、最初のうちは長い映像が使われているということです。ところが、エルサが階段を上がる瞬間にむけて、映像はどんどん短くなっていきます。映像が切り替わるペースが上がっていきます。

 なぜでしょうか。いろんな考え方があるでしょうが、私はこんなふうに考えています。この映像の切り替わるペースは、エルサの胸の鼓動に対応していると。

 この場面でエルサは、それまで自分に禁じていた魔法を使いはじめます。その魔法を使いながら、エルサはドキドキしているにちがいありません。そのエルサの胸の鼓動が、映像の切り替わるペースに反映されているということです。映像の切り替わりがどんどん細かくなり、まるで映画そのものがドキドキしているように感じられます。

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 さて、階段を上がったあと、エルサはさらに別のものを作ります。何を作るでしょうか。氷の城です。東京ディズニーランドにシンデレラ城がありますが、あれくらいの大きさの城を1人で作ってしまうのです。

 さて、また質問です。

 エルサが城を作りはじめてから作り終えるまでに、何秒かかるでしょうか。

 答えは28秒です。

 そのあいだにいくつの映像が使われているでしょうか。

 ぜひ実際に映像を確認していただきたいのですが、答えはひとつです。

 つまり、かなり長い映像が使われています。そのまえにエルサが魔法を使いはじめる映像がありますが、城ができる様子そのものはひとつの映像で描かれます。階段を上がる箇所とは対照的です。

 この時点でエルサはすでに自信に満ちあふれていて、ほんとうに一息で、のびのびと氷の城を作ります。その映像も一息になっています。つまり切れ目がないのです。

 このようにエルサの胸の鼓動や息遣いと映像を切り替えるタイミングがとてもうまく対応している。それもこの場面の魅力のひとつだと思います。

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 さきに見たように、エルサが階段を上がる瞬間は6つの映像で作られています。そして映像ごとに、エルサをとらえるアングルが変わります。

 考えてみれば、これはすごいことです。たとえば、いま私たちの目のまえにエルサがいるとします。そして、氷の階段を作りながら上がってみて、とエルサにお願いするとします。エルサはいいひとなので、おそらくOKしてくれるでしょう。ついでなので、「レット・イット・ゴー」も歌ってもらいましょう。

 しかしこのとき、私たちはエルサが階段を上がる瞬間を、ひとつのアングルからしか見ることができません。一方、映画では編集の力によって、いくつものアングルから見ることができます。

 このひとつひとつのアングルに意味があります。

 正面からの映像では、エルサの明るい表情を見ることができます。横からの映像では、階段が延びていくのを確認できます。後ろからの映像では、私たちはエルサとともに階段を上がっている気分を味わえます。

 真上からの映像では、エルサがどんなに深い谷(もちろんこれは古い自分と新しい自分の断絶を象徴するものです)を越えようとしているかがわかります。

 斜めからの映像では、エルサが宙に浮いているように見えることで、彼女が("I’m one with the wind and sky"という歌詞のとおり)風と空と一体になっていることがわかります。そしてふたたび正面からの映像で、私たちはエルサよりも一足先に大地に立ち、このヒロインを迎え入れます。

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 ところで、このようにさまざまなアングルがあるのですが、カメラが階段の右側(エルサの右手の側)に出ることはありません(階段の真上に行くことはあっても)。

 つまり、エルサを正面や左側からとらえた映像はあっても、右側からとらえた映像はありません。結果として、エルサが右から左に動く映像はあっても、逆に動く映像はありません。

 これは180度ルールと呼ばれる撮影のルールが守られているということです。

 サッカーの試合中継を思い浮かべてもらいたいのですが、試合はゴールとゴールを結ぶ一本の線のどちらか一方の側から撮影されます。この線をまたいで撮影されることは基本ありません。もしまたぐと、2チームの攻撃の向きが左右入れ替わるので、視聴者が混乱してしまいます。これが180度ルールです。(映画では180度ルールが意図的に破られることもあります。とくに混乱した場面ではそのほうが効果的です。)

 エルサが階段を上がる瞬間は、180度ルールが守られ、エルサの移動の向きが変わることはありません。

 この瞬間に関しては、変わってはならないのです。自分の意志で一直線に進んでいくエルサ。そのエルサの気持ちを観客に伝えるには、移動の向きを一貫させるのが正解なのです。

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 まだいくらでも分析をつづけられますが、このあたりで終わりにしましょう。続編『アナと雪の女王2』でエルサがどのように動くのか、そしてそれがどのような手法で描かれるのか、楽しみです。

 


「アナと雪の女王2」吹替版 予告

 以上の記事は夢ナビライブ2018での高校生向けの講義「映画を見る目を変える 画面分析のレッスン(『アナと雪の女王』論)」の原稿にもとづくものです。